餃子が食べたい

メガネが最も必要な時、メガネは必ず手元にないのである

とりあえず、道尾秀介作品を読む上での心構え(ネタバレあり)

片眼の猿を読んだ

結構荒唐無稽な作品で、出張の電車の中で読むにはちょうど良い本だった

タイトルは暗そうな話だけど、カラスの親指に近いっちゃ近い本だと思うし、単純に娯楽作品として見て良いと思う

向日葵の咲かない夏で最も顕著で、そうでなくてもやってくる道尾秀介技法

この人の本のパターンとして、ものすごい良くあるのが

「小説の世界の中だから許される超能力、超科学的現象」を軸として話が進むこと

・月と蟹の願い事

・向日葵の咲かない夏の転生した魂と会話する能力

・片眼の猿での「異常な大きさの耳をしているために」「遠くの物音を聞き取ることが出来る」能力

 

これらをあたかも、あって当然の事象のように提示してくるので

読んでいる側からしても暗黙の内に「小説だからしゃーないな」「そういう能力がある体の話の展開なんだな」と受け入れてしまう

ここの、「小説だから仕方ない」の間隙を突いてくるのが非常にうまい作家

だから、道尾秀介の小説を読むときは、おもむろに提示される超科学的現象を受け入れずに、存在を疑ってかかると事実が見えてくる

(とはいえ、向日葵の咲かない夏の真相とか見えるわけないじゃんって感じだけどね)

 

あとは、子どもの精神年齢は高くて性格悪いと思っておけば

月と蟹で顕著で、総じてやってくるのが屈折した感情を抱いた、妙に精神年齢の高い少年が軸になる話

かといって、精神年齢高い少年少女をそういうものだと受け入れると、第一の超科学的現象は起こらない理論に引っかかったりするからなんとも言えないか