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餃子が食べたい

メガネが最も必要な時、メガネは必ず手元にないのである

だからお前のマルチ勧誘はダメなんだ

マルチ勧誘にあったよ(うれしい)

先月くらいに、大学時代の知り合い(そんな親しくない)(腋が時々臭い)からラインが来た

飯でも食わないかと

そんな親しくないけど積極的に断るほどマイナスな感情もなかったので、二つ返事で行くと言って待ち合わせた新宿駅

ここから彼のマルチ勧誘がダメなポイントを挙げていく

①目を輝かすな

久々に会った同級生はやたら目を輝かせていた

大学時代は、どちらかというと俺と同じタイプのどんよりした目をしていたのが目を見開いてキラキラしていた

悪いことではないが、正直不気味だ

正直俺はこの時点で警戒モードに入った

②金持ち父さん貧乏父さんを渡すな

別に本自体は極端に悪い本ではない

ただし、この本には非常に良くない点がある

googleで「金持ち父さん貧乏父さん マルチ商法」とでもググるとポンポン実例が出てくるのだ

この時代にそんなバレバレの手法を行うのはよろしくない

③行動を時間で区切っていることを見せるな

常に時計を気にして、キリの良い時間になると唐突に話が終わり

で、次約束があるからと告げる

その作業のごとく勧誘が透けて見えるので良くない

 

・・・

と、ここまでが一度目に会った時の良くないところ

その時「経営者に会ってみないか?面白いぞ」と言われ、俺はホイホイついていった

何故なら、マルチ商法のやりかたでも見られれば話のタネになって面白いかと思ったからだ

その期待も裏切られることになるが

ここからが経営者のおばさん(仮名カオリさん)と会った時の話

 

④それを教えることでお前に何のメリットがあるんだ

カオリさんは1000万だか経営で儲けてるとか

で、その儲け方は師匠なる人物から教わったという

問題は、経営で儲けているならその手法は人に広めて真似されたらライバルになるわけで、それを広めるメリットが全く見えてこない

そんな筋の通らない話で今時小学生も騙されない

⑤お前も時間を気にし過ぎだ

カオリさんと話が出来る時間はきっかり30分だという

つまり、前後に同じようにカオリさんと話をしている人がいるわけで、そんだけ必死になって人を勧誘(勧誘まではいかなかったけど)して何がしたいんだ

そりゃあ、仲間が増えるほどおいしいマルチ商法に違いない!とバレバレである

⑥コーヒーを奢れ

エクセルシオールだかドトールで話を聞いたわけだけど

1000万儲けてる人間だとこっちは聞いてるんだから、1000万儲けてる人間らしくコーヒーの一杯や二杯奢れよ

途中で、持ってる傘が高級品だと自慢されたが、そうじゃなくって、金持ちらしさを見せるなら奢れ

⑦もっと話の展開を早くしろ

ここまで、マルチ商法に引っかかった体で文章書いてきたけど

実際、モノを買わないかとは一切言われていない

カオリさんに会った時も次またいつか日程決めて話をしようぐらいの形でジワジワした進め方だった

これが良くない

話のネタになるまで何時間こっちは費やせばいいんだよ!

大体、こちとらビジネスパーソンなんだからさ、学生より時間ないんだよ

もっとシャキシャキっと初回から「はい、これアムウェイ」くらいのエンタメ性を見せてほしい

 

・・・というわけでマルチ商法の勧誘にあった話を書いたけど

いまいち、面白くもなかったので、金持ち父さん貧乏父さんを渡されたら全力でそいつとは縁を切るくらいの勢いでいいと思います

ブックオフで本を買う行為について

最近、ブックオフで本を買う

去年社会人になったので、ちょっとお金に余裕が出来てきて

ブックオフで考えなしに10冊ぐらいボンボン放り込んで買う

本を一回読んだらそんなに読み返さないなのでそんな綺麗さは求めてないし、なにより、深く考えずに買う感覚が好き

俺のすごく好きなあの本を買った行為は一切作家に還元されない

こないだ行ったときに買った本の当たり率がかなり高かった

三崎亜紀「バスジャック」は「となり町戦争」で魅せた独特の世界観のずれが短編ということでより面白い形に効いてきてすっと読めたし

辻村深月「僕のメジャースプーン」は復讐という行為について余すことなく書いていて、その上で最後の最後に人の感情を測り取るメジャースプーンとして利用する主人公のもタイトルの持つ意味がいくつにもとれる終わり方で素晴らしかった。

主人公が犯人に行う行為の心理的な動機付けも読んでいる側からして納得のいく形で落ちてきたし

で、これらの本はブックオフで買ったので、その利益は一切作者さんに還元されない。

じゃあ、新品を常に買えばいいのかっていうとそれって個人の心情次第じゃないの

なんでそこまでわかっていて新品を買わないのかって

それはもう簡単で高いから

ブックオフでの中古本はおおむね100円か360円

新品は600~700円する。

だからブックオフで買う、別に法律違反しているわけじゃないし

心情的にはクーラーをつける時の気持ちに近いのかな

世の中に確実にダメージを与える、かつ自分に利をもたらす行為について、影響力の大きさから天秤にかけて自分への利を選んでしまう。

今の自分は例えば先述した「ハイジャック」や「僕のメジャースプーン」が大好きだし、本来的には作者さんにお金が還元されてしかるべきものだと考えている

けれど、だからと言って次に本を買いに行ったとき新品の本を10冊買うかって言われたらそれはしない

つまり、そこの強制力がない限りは新品の本を買おうと思わせるなにかの力はない

ところで電子書籍って割引効くけどあれ、なんだろ

電子書籍には割引が効く

自分は旧時代の人間だから紙の本じゃないといまいちしっくりこないんだけど、アマゾンとか見てるとそういう本がある

だったら、あれを新品でもやればいいのに

再販価格維持制度っていうのをなくせばいいのにって思う。

 

ブックオフで本買われるよりはマシじゃないのかって

この考え方は飽くまで消費者のエゴに徹頭徹尾寄っているし、冒頭で書いたようにちょっとお金に余裕が出来てきてるので別に新品で全部買って買えないことはないんだけど

ただ、世の中にはエゴイスティックな消費者がいるって前提でモノを売らないと売れないと思うってだけの話

BIG DATA BASEBALL読んだよ、面白かった

 BIG DATA BASEBALLとは

北米プロスポーツ史上最長の20年連続負け越しチームピッツバーグパイレーツが2013年、如何にして勝ち越し、プレーオフに進んだのかの手法を物語っぽく描いた本

パイレーツも「マネーボール」のアスレチックス同様お金がない球団で、それが勝つ方法

=金銭的に過小評価されている、勝利に寄与する付加価値を掘り起こす

ことを描いているので、考えようによっては次世代型マネーボールでもある。

じゃあ、パイレーツがなにしたの

出てくる方法は大きいところでフレーミングと守備シフト

あとは投手の能力への評価見直し

フレーミングとは、きわどいコースの球をストライクに取らせる捕球の上手さ

ラッセルマーティンってキャッチャーをパイレーツは獲得したけれど、その理由はフレーミングが大きかった(全然関係ないけど城島がフレーミング下手でディスられてて笑った)

守備シフトは日本でも最近柳田シフトとかやってるけど、あれをもっと統計学的にあらゆる打者相手にやったもの

それで、ゴロ系の打球をよりアウトにしますっていう戦略。

投手の能力の評価見直しはピッチャーの責任はホームランと四球のみにあるって考え方から防御率でなく、ホームランと四球から能力を導き出すFIPを利用して、防御率悪くてももっとやれる選手を発見して安く獲得する戦略。

感想

放映権から莫大な収入が得られるメジャーリーグは設備投資もけた違いに出来て、ビッグデータが生まれる。

一球一球の軌道や回転、打球の速度や方向を逐一記録するカメラやソフトの導入は日本だとそこまでお金がないので、その意味だとメジャーリーグおよび傘下マイナーリーグとそれ以外の野球リーグではやる野球の質が大きくかい離する時代が来るのかと思う。

この本だと旧来の野球人と新しい野球を持ち込むデータ解析部門の人が上手く融和したからパイレーツは勝てたって話が出ていて、それが強みだけれど、それもだんだんデータを基にした野球が確立されていったらどこも出来るようになって・・・ってことになりそう

マネーボール出塁率BDBフレーミングも結局安く勝利に繋がる方法っていう共通点があるけれど、日本の野球コミュニティだと出塁率は曲解されて「出塁率が高い選手こそが最強!四球を選べない打者はゴミだ!」みたいな論調があるので、「フレーミングこそが捕手に求められる最大のスキル!フレーミングがあれば他はいらない!!」みたいな受け取られ方したらいやだなあって思う。

余談

結構日本球界経験選手たくさん出てきて笑った

テキサスのエースとして立ちはだかるダルビッシュを始め、シーズン勝ち越しに挑むパイレーツと戦うカブスの選手としてシアーホルツとボグセビック出てきたし、オンドルセクも出てきた

 

 

 

フレームワークの中身ってどこまで理解する必要があるんだろ

今、扱っているのはASP.NetFrameworkとかEntityFrameworkとか

ふと思ったので投稿

今、仕事で扱ってるのは上記フレームワークがあって、コーディングすると、ある程度中でごちゃごちゃやってくれて、webサイトが出来る

とどのつまり最終形はHtmlファイルであって、サーブレットと同じように動的にHtmlファイルを生成してるんだってのは分かる

けれども、どういう過程を経て、どう解釈されてHtmlファイルに変換されるかはわからないし、多少トライアンドエラー的な感じで上手く行くかを試してみてコーディングしているところはある

本当はね、中の作りとか理解したいけど

ちょっと最近セキュスペの勉強とかでさぼり気味なんだけど

ちょっとだけ家で触る言語がPython

なんでかっていうと、野球選手のデータとか食わせて面白い解析が出来たら楽しいなって思うから

どっちも所謂高級言語なんだよね

文系出身でそういう勉強をいまいち本で読むくらいしかしていない自分からすると、メモリ上での振る舞いとかそういうC言語レベルで扱われるところへの理解度が低い

SEとして理解するべきだろうことは分かる

けれど、それってSEとしてどこまで理解が求められるの?ってのが最近ちょっと分からない

この話は突き詰めていくと、突き詰めて突き詰めていくと

「なんで機械語に変換されてからの振る舞いも知らないで、言語書いてるの?」って話にさえなりかねない

間違ったこと言ってるかもしれないけれど、言語の進化はおおむね、機械語を人間語に寄せていって…っていう繰り返しなんだから

機械語を理解しない人間でもプログラムが書けるようになるっていうのは、ある意味正しい進化の姿なんだから

機械語を理解しない人間がプログラムを書けるっていうのも正しい姿

で、その話の延長線上にあるのはフレームワークってなんのために生まれたの?

って話で、答えは同じで、中身を理解していない人間でも物が作れるように手助けする仕組みがフレームワーク

だったら、機械語を理解しなくていいように、フレームワークの中身がどうなってるかは理解しなくても問題ないのかなあって思う

どうなんだろうな

 

それとは別に個人的興味でいつかC言語とか触ってみたい

プログラムの真髄に近づける気がするから

内竜也と浅尾拓也という二人の投手について

2010年の日本シリーズは間違いなく、内VS浅尾のシリーズだった

もう六年も前のことになるがロッテと中日で日本シリーズを争った。

金森打法で打ち勝ってきた打のチームロッテと吉見チェンの左右の柱が強みの中日の対決だった。

あの日本シリーズで両チームの切り札だったのは内竜也浅尾拓也

70試合投げて堂々たるセットアッパーだった浅尾と、シーズンわずか15試合とけがに苦しみながらクライマックスシリーズで彗星のごとく登場した内

投球スタイルも似ていて、速球と落ちる球で三振を奪いに行く投球

回跨ぎも当たり前で、3イニングとか4イニングとか両投手投げていた。

その後の二人は

両投手、日本シリーズでの投球から大いに飛躍が期待された

けれど、明暗分かれた翌シーズンとなった

翌年、79試合に投げた浅尾、一方内は故障でわずか21試合

それ以降は両者怪我に苦しみ続けてきた

年々浅尾の球速は落ち込み、内は毎年のように足首の手術を受け続けてきた

2012年以降、内は最大27試合浅尾は最大36試合とリリーフ投手としては物足りないシーズンを過ごしてきた

内竜也の復活、浅尾拓也の低迷

内は不思議な投手で、毎年のように手術を受けてブランクの長いリハビリ生活を過ごしてくるのに一軍に復帰するときにはけがの影響を感じさせないキレッキレの縦スライダーと剛速球を引っ提げて帰ってくる

恐らく、足首の故障で稼働出来ない期間が長いために肩が使いべりしていないのが大きいのだろう

今年も、剛速球を武器に8回のマウンドに君臨している

浅尾はなまじ79試合に投げられる耐久性があったためか、球威が落ち込み、今年は人試合も投げていない

ただただあの時の日本シリーズを思い出すと、両者怪我に悩まされながらも皮肉にも対照的な選手生命を送っているものだと考えてしまう。

浅尾はリーグ連覇に貢献した

ただし、浅尾は79試合に投げた2011年、リリーフながらリーグMVPに選ばれ、中日の二連覇に大きく貢献した

内は故障し、ロッテは統一球に悩まされリーグ最下位と低迷していた

果たして、野球選手として幸福なのはどちらの投手なのかっていうことをつい考えてしまう。

 

松坂大輔はむしろ半昭和の怪物だったのではないか

あのころ、松坂は確かにエースだった

私が野球を見始めたのが確か2005年とか

ぶっちゃけるとロッテファンとしてはにわかもいいところであり、今でこそそういう空気感も払しょくされつつあるが、当時としては許されざるロッテファンであり、もっと暗黒時代を知っているものでなければ真のロッテファンではない空気があった。

で、親父にピッチャーとして誰がすごいのかと聞いたら帰ってくるのが

「うーん、巨人の上原と西武の松坂かなあ」という答えだった。

(そもそもアンチ巨人でどっちかっていうと横浜ファンを名乗っていたのに三浦の名前が出てこないのは自分以上のにわかである。)

松坂大輔というエース

当時の西武は今の西武になる一世代前だったはず。

細川野田の競争があり、若い中島が松井稼頭央の後を継ぎ、おかわりは伸び悩み

和田が主軸を張る、そんなちょっと前の西武で中心にいたのは松坂大輔だった。

残念ながら当時のロッテのエース清水直行は圧倒的な投球というタイプでなかったので、松坂が出てくる日は結構身構えて、勝てねえなって思いながら見ていた。

(斉藤和巳のほうがもっと勝てねえなって見ていたけど)

キャリアハイの防御率は2.13で、まさしくリーグのエースだなあって見ていた。

入れ替わりに現れたダルビッシュ有

防御率2点台を安定して残せる、イニングも毎年180-200食う。

まさしくエースたる松坂大輔が海を渡るか渡らないかのころ、現れたのがダルビッシュ有だった。

ダルビッシュは毎年1点台を残し、コントロールも良い、速球も速い。

高校生くらいの私は、ダルビッシュこそがピッチャーの完成形であり、例えばイチローなんかと並び立つような稀代の逸材であり、防御率1点台を毎年残すような投手は先にも後にも表れないんじゃないかと思った。

松坂を取り巻く野球は昭和の残像だったのかなあって

ダルビッシュは洗練されていた。

当時まだ日本に定着していない、ツーシームとか投げるし落ちる球もチェンジアップも投げるし。

松坂は洗練はされていなかったんじゃないかって当時の記憶を掘り起こしながら思う。

松坂は基本スライダーと速球のコンビネーション投手だし、どこかでフラっと崩れる脆さを抱えていたように思う。

平成の野球が制球力重視の多彩な変化球を身に着ける野球なら、松坂は平成の投手になり切れていなかった

その意味だと、松坂は昭和の残像を引きずっていた「平成の怪物」だったのだろうと思う。これは松坂のせいじゃないけど、高卒3年目で240イニングっていうのも、平成後期の今だと絶対にやらないだろうし

藤浪晋太郎は甲子園で優勝した、がスーパースターにはなれなかった

松坂の甲子園優勝から13年、圧倒的投球で甲子園を制した男が現れた。

藤浪である。

大阪桐蔭は強かった。光星の誇る全国屈指の主軸、田村北條が藤浪のスライダーの前にあっさりひねられた

が、藤浪は「甲子園優勝投手」の枠にしか収まらなかったと思う。松坂は誰でも知っているようなスーパースターだっただろうけれど、藤浪はそうなれなかった

誰が悪いとかじゃなく、娯楽の多様化で甲子園のエースが日本のスターでない時代になったんだろう。

それが平成の甲子園なのだろう。

その意味でも、松坂は甲子園にいたころから、昭和の残像を背負った空気の中にいたように思えてならない。

四月は君の嘘、完読したので感想

言ってしまえば、ものすごく予定調和な物語

殆どにおいていい意味で予定調和な物語

あらすじは、主人公有馬公生は天才少年ピアニストとして名をはせたものの、過去のトラウマから現在はピアノが弾けない

そこに現れたヒロインのバイオリニスト宮園かをりとの交流や周りの友人との交流を経て、ピアニストとして復活

楽譜に正確だったかつてを超えて、表現としてのピアノを身に着けるが病魔に侵されたヒロインは死ぬ

っていう話

作者の新川さんってすげえ論理的にプロットを組み立てるのが得意なんだろうなあって

話において、拾われない伏線は出てこないし、拾った伏線は丁寧に説明される

拾い損ねて残った心理的なわだかまりなんかは一切出てこないしで話が分かりやすい

例えば、もともとメトロノームのごとく正確なピアノを弾いた主人公は、途中から自分のピアノの音が聞こえなくなり、楽譜が見えなくなるイップスに悩まされる

後半ではイップス中は、楽譜に囚われず自分を表現していけるようになる

っていう風に、物事がなぜどういう心理の変化で変わっていくのかがすごく丁寧に書かれていて、11巻の中で破たんがなく終わる

ライバルキャラが二人出てくるけれど、この二人がどのような影響を主人公から受けて進化していくのかというのが分かりやすいことこの上ない

タイトルの四月は君の嘘

ヒロインは、最初主人公に近づくために主人公の友人のことが好きだって言ったが嘘で、主人公の事を好きなもう一人の友人に気を遣い、関係性を変化させないために言っていた

その嘘がきっかけで主人公はトラウマから立ち直り、ヒロインの死んだ四月が訪れる

そういう意味での四月は君の嘘っていうのも分かりやすい

心理描写の分かりやすさではあだち充の漫画に通じるものがある

あと、この漫画を読んだ人が分かった感出す場合は好きなキャラは柏木さんだね

主人公の事を好きな女の子の親友で、的確なアドバイスをくれる狂言回し

その姿はさながらタッチの原田のごとく

作者さんってもしかしたら悩んでるのかな

話の流れの中では、音符に沿った正確な演奏をする主人公が、苦しみながら自分の感情をこめた演奏が出来るようになっていくっていう流れがある

で、メタ的にみると「四月は君の嘘」っていう話は

筋書きが整っていて分かりやすい話でってある意味、正確な演奏をしていたころの主人公に重なり合うところがある

ヒロインの死はあからさまな予定調和で読めるし、そういう意味では、ある種苦しみながらも作者さんはまだもがいている途中なんじゃないかなあって邪推